宇佐神社御祭神「神功皇后」第3回


亡くなった夫に代わり、

自ら将軍となり軍を率いて新羅へと渡海する

神功皇后。

出航するや、風の神、波の神に助けられ、

さらには魚が寄り集まって船の進行を助け、

帆船は舵や櫂を労せずたちまち新羅に到着したと

日本書紀は伝えます。

そして新羅の王は、

この天地地祇の後ろ盾を得た

神功皇后軍の勢いに圧倒され、

戦わずして降参。

さらに神功皇后は百済、高句麗も帰順させ、

三韓征伐を成し遂げるのです。



この神功皇后の三韓征伐には、

もうひとつ神功皇后のすごさを物語る逸話が

あります。

実は神功皇后、

崩御した天皇の御子(のちの応神天皇)を

お腹に宿したまま朝鮮へと出向いており、

臨月を迎えたときには、

お腹に「月延石」(つきのべのいし)や

「鎮懐石」(ちんかいせき)と呼ばれる石を

当ててさらしを巻き、

冷やすことによって出産を遅らせたと

されているのです。

そして、無事に帰還したのち、

筑紫の地(福岡県)で応神天皇を出産。





現在、この神功皇后伝説に由来した石は、

「月読神社(つきよみじんじゃ=京都市)

「鎮懐石八幡宮(ちんかいせきはちまんぐう

=福岡県糸島市)

そして壱岐(いき)の「本宮八幡神社」で

祀られています。

そして、神功皇后はその後、

大和で御子(のちの応神天皇)を皇太子に

立てて後見し、

反乱の企てを制圧しながら大和王権を

確立していったと伝わります。

〜続きます。〜

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